人生ハードモード

過激派気味のオタクのイベ備忘録

私をプロデューサーと呼ばないで

来る12月6日はTHE IDOLM@STER SideM 1st LIVE ~ST@RTING~当日


THE IDOLM@STERという作品のライブに行く前に徒然と書きたいことを書こうと思う。


まず、私がTHE IDOLM@STERという作品を知ったのは多分高校生の時だろう。
何気なく見ていた某氏のWikipediaTHE IDOLM@STERの文字があったからだ。
もちろんアイドル側などではなく、プロデューサー(今調べたら音楽番組のPらしい)である。
当時は今ほど人気作品に出ていなかったことから片っ端から見ていこうと思っていたのだろう。
とりあえずTHE IDOLM@STERWikipediaをみたところ、寺島拓篤氏がいるではないか。
正直時期があやふやで、うたの☆プリンスさまっ♪マジLOVE1000%が放送される前後か、某氏と仲のいい同業者の1人として寺島拓篤という存在は知っていた。
一十木音也以前に彼はアイドルの役をやっていたことを知り、少しだけ興味がわいたが、彼ら、Jupiterは765プロのアイドル達が輝くためのライバルでしかないのだ。
丁度その頃、Jupiterのミニアルバムが発売したと思う。

THE IDOLM@STER Jupiter

THE IDOLM@STER Jupiter

その後見事うたプリにはまってしまった私はそこでアイマスに近づくことなく遠ざかったのである。

大学入学し、たまたま先輩にアイマスPがいたため、アルバムを借り、765プロの楽曲を一時期聴いていましたが、どうにも私の好みの楽曲が無く、iPodの容量を食ってるだけでした。
とにかく私には某氏が行動の全てであり、上京して初めてのライブ、イベント事は某氏関連のものでした。
なんとなくその頃寺島拓篤氏がソロデビューを果たしていた気がします。
リリイベ行きましたし。
そんなこんなあって、TSUTAYAの割引き券があってJupiterのアルバムをレンタルしたり、アニメ版THE IDOLM@STER(もちろんXENOGLOSSIAじゃないよ)を3日かけて全話みたりとそれとなーく触れていました。
うまくいけばここで私もプロデューサーとして一旗揚げていたでしょうね。

しかし、そうもいかなかったのはラブライブ!の登場によるもの。
私の趣味嗜好的にTHE IDOLM@STERよりもラブライブ!の方が曲もキャラデザも好みだったし、何年も続いてきているコンテンツに今更ハマるのも大変そうだ、と思ったわたしは迷わずラブライバーとしての道を選びました。
とにかく当時は自分が良いものは広めていこう精神でしたので、オタク友達に広めていきました。
ラブライバーとの出会いが私とアイマスを完全に断ち切ることになるとは。

もともとアイマスPだった友達に広めても、大半が「そんなのよりアイマスの方が良い」と取れるようなニュアンスの返答をされました、
別にこれだけでアイマスPにはなるべく近づかないようにしておこうなんて思いませんよ。
むしろ、私個人の考えとしてアイマスラブライブ!はアイドル作品として共通はしていますが、そもそものベクトルが違うから対比するまでもないというものがありまして、
まぁそこで終わったらいいのですが、気がつけばそのアイマスP、ラブライバーにもなってるじゃないですか。
似たようなこと、2回も続いたら流石に「こいつただのミーハーじゃねーの?」といい気持ちにはなりませんよね。
しかも何が厄介って私よりはまってるんですよ。
それにも関わらず「やっぱりアイマスの方が」「ラブライブはなぁ」とアイマスageラブライブsageが止まらない。
なんとなくラブライブからも気持ちが離れてしまいました。
もちろん、このようなことを思うプロデューサー、または逆なことを思っているラブライバーは極々わずかだとは理解していますが、その僅かな人たちに連続して出会ってしまったんです。
べつにこの人たちを晒しあげようとかそういうのではないです。

アイマスからは完全に離れ、ラブライブも好きだけど多額のお金をかけるほどではないとなった私の前にSideMリリースの情報が入ってきました。

当時はうたプリ大好き、男性声優大好き
な典型的なオタクでしたし、若干新規に対する当たりが強くなり始めていた時期でしたので、「どうせ声がつくのだから、声優目当てで始めたんでしょ?とは言われたくないな。」という純粋な気持ちから私は約一年半前315プロダクションのプロデューサーに着任しました。

プレイして、つい最近まで私は自身をプロデューサーと称することに嫌悪感がありました。
それが、上記のアイマスPとの出会いからです。
プロデューサー、という響きがあまりにも居心地が悪かったのです。
しかし、やっと自身をプロデューサーと称することに抵抗感がなくなりました。
315プロの彼らがCDデビューをして、やっと許されたようなきがしました。(といっても、通信制限が怖くあまりプレイできていませんでしたが。)

伊瀬谷四季くん、ありがとう。

わたしとアイマスとの間にはあまりいい思い出がありません。
それは今もです。
この記事は、それでも315プロダクションのプロデューサーとして活動していこうとする私の愚痴とケジメです。
他人に押し付けるつもりもない、ただの毒吐きです。
こんなプロデューサーでも受け入れてくれる環境だったら嬉しいんですけど、きっとそうもいかないんでしょうね。
先人は言いました。
無色透明な、藻もないような川では魚は住めないと。多少の濁りは必要だと。
私はその濁りです。
理由は様々、居心地の悪いプロデューサーは他にもいるとおもいます。
ほかのプロデューサーから厄介と言われようと、私は私が楽しいようにやって行きたいと思います。




※ここに書いてあることは心の狭い私の個人的な考えしかない内容です。
何度も言います、これは私の意見ではありません。
全員が全員そうとは思ってないです。
言い訳がましいようですが、べつにdisりとかではないんですよ。
一つのケジメみたいなものです。
というか独り言なんで聞き流してください。